最近のロレックスは本物と偽物の見分け方が難しくなっています

昔はロレックスの偽物は一目みたらすぐわかるようなチャチなつくりになっていました。
しかし最近の偽物は巧妙でとても上手にできています。これは販売する側も判断がつかないときがあるくらいなのです。
ロレックス社は基本的に自分の会社でのみ、部品を所有しており、許可した修理会社くらいにしか部品はおろしていません。
しかも、今はだいぶ厳しくなっており、ロレックス認定のあるところにしか部品はないのです。
それでも、ロレックスの時計をあけてみて、中身の機械までロレックス社のものと同じということがあるのです。
では、基本的にどこで偽物と見分けるのかといいますと、これは販売や修理の人以外には難しいのですが、時計本体とベルトの部分、この境目を開くとわかるのです。
そこに、番号やアルファベットが書いてあります。そのアルファベットでいつ作られたものなのか、の判断ができます。
プロになると、このアルファベットと時計の本体を見ただけで「この時代にこの本体は作られていないからこの時計は偽物である」という判断を下すことができるのです。
しかし、さしてロレックスに興味のない人やアルファベットの順番(Aからスタートなのですが、ABなど連続しているときもあり、これの年号順番が難しいのです)にあまり関心がない人は、普通に修理として預かってしまい、あとから実は巧妙な偽物でしたと判明するときがあるのです。
こちらとしても、注意はしているのですがここまでロレックスの偽物を巧妙に作れるくらいなら自分でブランドを作って販売したほうがいいのではないか、と思ってしまうものも実在します。

<<ロレックス査定>>

ヤマハ楽器PF-P100の買取り エレクトロニックピアノ

学生時代フュージョンスタイルのバンドを主催していました。曲はすべてオリジナル。私が作る曲はピアノ曲がほとんどでした。幼少の頃よりピアノを習っていて生ピアノの音になじみがあったことと松岡直也さんに憧れていたせいもあります。

しかしその頃販売されているシンセサイザーのピアノの音はあくまで疑似音でしかありませんでした。さまざまなキーボードや音源を試してみましたがどれもわざとらしい音ばかりで、ピアノとはかけ離れているように感じていました。当時はやっていたクラビノーバもピアノ音に特化したエレクトロニックピアノでしたが、やはり音がいまいち。

やっぱり生ピアノを使うしかないのかなあと思ったものの、ライブで使うにはグランドピアノじゃないとさまになりません。しかしレンタルするにもお金がかかります。あれこれ考えているときに発売されたのがヤマハの新しいエレクトロニックピアノPF-P100。

一応クラビノーバシリーズの楽器です。ええ?これもクラビノーバみたいなインチキピアノじゃねえの?と思っていたらまったく違う。どう聞いてもピアノの音色なんです。しかも、ピアノと同じ鍵盤の重さ。質。これは買いだと思い、すぐに買いました。

学生の自分には大きな額でしたが、もったいないとは思わなかった。むしろこれでピアノ問題から解放されて、どんどんピアノ曲を作れると喜んだものでした。メインのキーボードをPF-P100、MIDIでローランドの音源につないでローズタイプのエレピ音を鳴らしていました。ライブでは大活躍の楽器でした。今も、自宅の押し入れにおいてあります。

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誰かの為に畑を借りる

貸し農園というシステム…どうしてお金を払って場所を借りてまで野菜や果物を自分の手で作りたいのか、若い頃の私には全くわかりませんでした。

実家は都会と言われる都道府県に含まれてはいたものの、ちょっと田舎な立地。なので、幼少の頃から、広い庭の一角には花壇に加えてちょっとした家庭菜園を出来るくらいのスペースがいつもあったからです。でもその場所は、きっと若くて忙しかった母には不可能だったからか、特に活用されていませんでした。
結婚して遠方に住んだ頃、曽祖母なので結構高齢であったハズのおばあちゃんの趣味は、貸し農園で野菜や果物を作る事でした。大好きな小玉スイカを送ってくれる彼女に感謝はしたものの、土いじりに加えて運動も嫌いだった私には、なぜにそんな老体なのに体力を使って畑仕事をするのか理解出来ませんでした。
子供達が少し大きくなった頃、初めて曽祖母の貸し農園にお邪魔しました。思っていたより広い畑には、様々な野菜たち。その説明をひ孫に意気揚々と語る曽祖母。そして、その畑で頂いた野菜たちの美味しかった事。
残念ながら、彼女はもうなくなってしまいましたが、まだ幼稚園児だったハズなのに、彼女の野菜を食べた子供達は、その味の美味しさをを未だ覚えています。
そして、それを引き継いだ?な叔父や感化された?な母が、子供達や孫たちの為に、今、自宅や貸し農園で家庭菜園よりちょっと大規模な野菜や果物作りをしています。
美味しい物を自分の為に作る事もとっても楽しいけれど、彼ら彼女らを見ていると、誰かの為の為に行動する事がとても幸せそうです。
ちなみに、みんなの為に野菜をいっぱい作って振舞ってくれた曽祖母は、最後まで、来年は何の種を蒔こうと言いつつ、100歳で永眠しました。

レンタル畑

祖父の遺品整理(ロレックス)の思い出

祖父が他界しました。祖父はお洒落好きで洒落た服をたくさん持っていました。75歳で亡くなったのですが、他界した後クローゼットを見たらカラフルな服多く、若い人が着てもおかしくないようなものがたくさん入っていました。

それを見ていると生前のお洒落な祖父の姿が脳裏をよぎり、ロレックスの遺品整理ではできるだけ身内にもらって欲しいと思いました。そこで家族や親戚でほとんどの服を分けました。しかしそれでも余るくらいまだクローゼットに入っています。それで残りの服は売ることにしました。

古着屋に5点持って行ったら全部で千円で買い取ってもらいました。これで服の整理はできたのですが、服以外のものについてはどうしようかと迷いました。祖父は服にはお金を掛けていいものを買っていたのですが、その他のものは安いものばかりを買っていました。

それで売るというわけにはいかず、業者に引き取ってもらうことにしました。よくテレビで遺品の整理には思った以上にお金がかかると言っているので、うちの場合もずいぶんかかるだろうと覚悟をしていました。しかし思ったより安かったので助かりました。

祖父は家具らしい家具は持っておらず、物が少なかったためだと思います。もしかすると遺品整理で家族に迷惑を掛けないように、わざと持ち物を少なくしていたのかもしれません。いずれにせよ、祖父の場合は遺品整理で家族が悩むというようなことはありませんでした。

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療育の保育士求人を探してみたけれど

社会人になって療育保育士の資格を取って働くことにしました。それまでは別の仕事をしていたので転職ということになります。

保育士求人は全国的に多く見られますが、私の住んでいるところでもたくさん求人があり、職探しは容易にできるような気がしました。そこでできれば給料が高いところがいいと思って、最初は保育士求人の中でも給料が高い保育園に応募することにしました。そして面接に行ったのですが、そこは大きな保育園で大勢の園児たちが通っていることころでした。

規模が大きいから給料も高いのだろうと思いますが、そのとき療育保育士経験がなかった私はあまりの園児の多さにそこで働く自信がなくなり、結局そこには就職しませんでした。この経験からその後は小規模の保育園で仕事を探すことにしました。そして療育保育士求人を見て、今度は小さな保育園で面接を受けることにしました。そのとき行ったところは、先に受けたところとは対照的に小規模で家庭的なところでした。

園児の数は多くなく、ここなら私でも働けるだろうと思いました。そして幸い雇ってもらえることになり、現在も働いています。小規模なので給料は高くありません。でも子供たち一人ひとりと触れ合うことができて、大変やり甲斐を感じています。

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昨年亡くなった父親の遺品整理買取り依頼をまだ継続中です

父親が昨年夏に亡くなってから1年半以上たちますが遺品整理をまだ継続して行っています。父親は都内の実家に住んでいて、私は神奈川県で家族とともに暮らしているので離れていることも一因だと思います。

実家には母親と持病のある弟の二人暮らしをしていますが、遺品整理はあまり進んでいません。父親は亡くなる前までは祖母が使用していた離れのようなところで生活していました。

離れは廊下でつながっていますが、台所やリビング、寝室もあるので一人暮らしできるようになっていました。亡くなった時は寝室にあったベッドは解体し、洋服ダンスの中の背広はサイズが合わないことも有り処分しました。

本棚にあった誰も読まないであろう本は古本屋で買い取ってもらいました。大きな作業机はあとで使えるかもしてないので残してあり、冷蔵庫やテレビもそのままにしてあります。

遺品整理で悩んでいるのは父親の生きていた証となる物品です。父親は猛烈サラリーマンで几帳面な性格だったことでしたので何十年間働いてきたことを想わせる手帳や表彰状が多く残されています。

社交的な性格からか友達も多く、手紙、ハガキが箱一杯ありました。単身赴任で何か所か生活していたのでその時の色紙や職場からもらったと思われる記念品もありました。

一番どうしようか考えているのは写真です。父親の小さいころの写真がアルバムとして残されています。見たことが無い祖父の写真や実家の昔の姿や病気で亡くなった伯母の姿が写っています。

懐かしいと思う人には分けてあげたいのですが、どうしたらよいのかわかりません。思い切って捨ててしまおうかとも考えましたが、あと戻りはできないので躊躇してしまいます。

正直なところ生前の父親とは仲があまり良くなかったので、社会人になり地方にある会社に就職が決まり一人暮らしを始めたこともあり亡くなっても悲しみが少なかったです。

遺品を見ると意外な交流関係や知らないところでこんな生活をしていたのかがわかり驚くこともあります。今は母親と弟が実家で生活しいぇいるので、遺品整理を急いでする必要はありません。

母親も高齢になっているのでいずれ父親の遺品もほとんど処分するしかありませんが、場所として存在が許されるのであればしばらくそのままにしておこうかなと思い始めています。

時々実家に帰省したときに父親の部屋に入り遺品をみていますが、机の中に整然と鉛筆やボールペンが並んでいるのを見ていると、まだ生きているのかなと思うこともあり複雑な気持ちがすることは確かです。

遺品買取り

 

沖縄のホエールウォッチングよりは小笠原だ

ホエールウォッチングが沖縄にとられています。

ホエールウォッチングは小笠原がすごいのですが
ほとんどの人は沖縄にいっているみたいです。

それはそうですよね。

まず、交通費が安いからです。
往復、今、沖縄って1万円くらいじゃないですか。

小笠原往復40000円だったら、そりゃ沖縄にいきますよ。

それと、あっちのホエールウォッチングは4000円ぐらいなんです。
2、3時間なんですが、料金の平均が4200円ぐらいです。

小笠原は11000円ぐらいです。1日でね。

かなり高いんですよ、小笠原は。
それに見合うものがなければ、少なくとも、ホエールウォッチングをするために小笠原に来る人というのはすくないんです。

では、小笠原に来る人はなにがしたくてきているのかというと、
まず、理由としてはイルカ。

ドルフィンスイムもできるというのは、沖縄ではできません。
沖縄にはイルカはいません。

なので、学生旅行で来る人はだいたい、イルカ。
あとは「社会人になったら来れないところに行きたい」という気持ちで来る人も多いですね。

まぁ、その通りなんです。社会人になったら、小笠原に来るのに休まなきゃいけない6日間の休みがとれないんです。

あと、なんでしょう。

小笠原にしなきゃいけない理由ってなんなんでしょう。

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昨日は土曜日でした。

昨日は土曜日でした。しかし、現在無職に近い私には曜日など関係がありません。新しく始めた在宅ワークを頑張るために、ほぼ1日中(途中買い物に出ましたが)、パソコンの前にいました。
在宅ワークを始めて分かった事は、私は、タイピングの速度が自分が思っていた以上に早いようなのです。自分でもびっくりするほど、パソコンの画面に次々と文字が並んでいきます。
しかし、早すぎるのでしょうか、誤字脱字が頻繁に発生します。誤字脱字があるたびに、バックスペースを押さなければならないのが難儀なところです。
この一週間弱、ほとんど同じような生活を、つまりパソコンの前でただただ記事を作成する生活をしていたからでしょうか。昨日は特に、肩こりがひどかったです。
自分で肩を揉んだり、肩を回したり、色々試しましたが、一番肩こり解消に効果があったのは、意外にも「ほんの数秒、ベッドに体重を預ける」事でした。これは是非とも覚えておきたい新しい発見でした。
昨日の夜、予定外の買い物に出かける事になりました。一通り記事作成を終えた後、晩御飯を食べようとしたら冷蔵庫が空っぽでした。少し、在宅ワークに意識を傾けすぎたかな、と反省した次第です。
次の日、つまり今日の朝、部屋への立ち入り点検がある予定だったので、昨日は早めに寝ました。いつもに比べて、かなり熟睡できました。